最高裁判所第三小法廷 昭和43年(オ)585号 判決 1971年11月09日
上告上
四谷自動車観光株式会社
代理人
佐瀬昌三
恒次史朗
井出雄介
山崎
被上告人
田中喜一郎
外一名
代理人
新井章
復代理人
大森典子
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人佐瀬昌三、同恒次史朗、同井出雄介、同山崎上告理由第一、二点および同恒次史朗の上告理由について。
原審が適法に確定した事実関係、ことに、上告会社は、自家用車の有料貸渡を業とするものであるが、その所有自動車についての利用申込を受けた場合、免許証により、申込者が小型四輪自動車以上の運転免許を有し、原則として免許取得後六月経過した者であることを確認し、さらに一時停止の励行、変速装置、方向指示器の操作その他交通法規全般について同乗審査をなし、かかる利用資格を有する申込者と自動車貸渡契約を締結したうえで自動車の利用を許すものであること、利用者は、借受けに際し届け出た予定利用時間、予定走行区域の遵守および走行中生じた不測の事故については大小を問わず上告会社に連絡するよう義務づけられていること、料金は、走行粁、使用時間、借受自動車の種類によつて定められて、本件自動車と同種のセドリック六二年式の場合、使用時間二四時間・制限走行粁三〇〇粁で六〇〇〇円に上ること、燃料代、修理代等は利用者負担とされていること、使用時間は概ね短期で、料金表上は四八時間が限度とされていること、訴外(第一審被告)田辺は、昭和三八年八月四日上告会社から以上の約旨のほか、同人が前記利用資格に達していなかつたため、特に、制限走行粁三〇〇粁、山道、坂道を走行しないことを条件に上告会社所有の本件自動車を借り受けたものであること、本件事故は訴外田辺が本件自動車を運転中惹起したものであること等の事実関係のもとにおいては、本件事故当時、上告会社は、本件自動車に対する運行支配および運行利益を有していたということができ、自動車損害賠償保障法(以下、自賠法という。)三条所定の自己のために自動車を運行の用に供する者(以下、運行供用者という。)としての責任を免れない旨の原判決(その引用する第一審判決を含む。以下同じ。)の判断は、正当として是認することができる。
所論は、叙上のような解釈は、自賠法三条に関する立法者の意思に反し、また、当裁判所の判例(最高裁判所昭和三八年(オ)第三六五号、同三九年一二月四日第二小法廷判決民集一八巻一〇号二〇四三頁)に反するというものである。
しかし、前叙のような解釈は、自動車の運行から生ずる事故の被害者救済を目的とする自賠法の立法趣旨に副うものであり、また、所論前記判例は、特定のドライブクラブ方式による自動車賃貸業者が、それから自動車を借り受けた者の当該自動車の運行に対し、運行支配および運行利益を有しないとの事実認定を前提にして、右のような自動車賃貸業者が自賠法三条の運行供用者に当たらない旨判示したものであつて、本件の如き事実関係のもとにおいて、上告会社を自賠法三条の運行供用者と認めることをも否定する趣旨とは解しえない。論旨はすべて採用することができない。
上告代理人佐瀬昌三ほか三名の上告理由第三、四点について。
所論は、原判決の結論に影響のない判示部分である傍論について、原判決の違法をいうものであつて、採用することができない。
よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、死者の慰藉料請求権の相続性の点に対する裁判官田中二郎、同松本正雄の反対意見があるほか、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
裁判官田中二郎の反対意見は、次のとおりである。
原判決は、慰藉料請求権は被害者の死亡によつて当然に発生し、これを放棄、免除する等特別の事情の認められないかぎり、被害者の相続人がこれを相続することができるものとしているが、私は、この見解に賛成することができず、原判決は、この点について法令の解釈を誤つたものであり、破棄を免れないと考える。その理由は、最高裁判所昭和三八年(オ)第一四〇八号、同四二年一一月一日大法廷判決民集二一巻九号二二四九頁における私の反対意見と同一であるから、それを引用する。
裁判官松本正雄の反対意見は、次のとおりである。
慰藉料請求権は被害者の一身専属的な権利であり、被害者がこれを請求する意思を表示したとき、またはこれを行使したばあい、あるいは契約または債務名義により加害者が被害者に慰藉料として一定額の金員の支払をなすべきものとされたばあいにおいてのみ、はじめて相続の対象となると解すべきであり、原判決は、この点について法令の解釈を誤つたものであり、破棄を免れないものと考える。その理由は、最高裁判所昭和四一年(オ)第一四六三号、同四三年五月二八日第三小法廷判決裁判集民事九一号一二五頁における私の反対意見と同一であるから、それを引用する。(松本正雄 田中二郎 下村三郎 関根小郷 天野武一)
上告代理人の上告理由
第一点 <省略>
第二点 原判決は判例に違背して判断した違法のものである。
原判決は、本件自動車貸渡業者に対し、現にこれを借受け自己のため運行に供用中事故を起した者と同列に、自賠法第三条の保有者責任を認めた。
しかしすでに昭和三九年一二月四日最高裁第二小法廷判決(最高裁判所判例集第一八巻一〇号二〇四三頁)は、「自動車賃貸業者から借受けた者が、運転使用している場合には、自動車賃貸業者としては借受人の運転使用についてなんら支配力を及ぼし得ないというので、このような場合には、右借受人のみが自己のため自動車を運行の用に供する者にあたるものというべく、従つて、右借受人が該自動車運転使用中にひき起した事故については、自動車賃貸業者をもつて、前記法条(自賠法第三条)にいわゆる自己のため自動車を運行の用に供した者にあるとして、損害賠償責任を負わせることはできないと解する」を相当とするとなし、全く本件レンターカー方式と同一のドライブクラブ方式による自動車賃貸業者の保有者責任を否定しているのであつて、原判決は明らかに右判例に牴触するので到底破棄を免れない。
けだし、自動車賃貸業者も時代の要求に伴い、専らレヂャー用のドライブクラブ方式よりむしろ業務用のレンタカー時代に移行し、今や全国的に乗用車のみならずマイクロバス、トラック等約五万台を擁し、その賃貸業者も二〇〇人に上り、常に前記の如き立法行政解釈の下に当局の指導を受け、ことに最高裁の判例を典拠として、これに安んじて営業をなし、他方、保険業者も自動車の貸渡しまでの事故についてはレンターカー業者に保有者責任あるも貸渡後に借受人に保有者責任が移行し、自動車賃貸業者には賠償責任がないという右従来の一般的見解を保険料率の算定その他の営業指針として来たものであり、右立法行政並びに判例の上に広く確立された法秩序が、万一下級審の独断的な被害者救済という単なる政策目的のために、たやすく改変されるが如きは断じて許されるべきではない。
第三点 原判決は判決に影響を及ぼすことの明らかな法令の解釈適用の誤りがある。
元来自賠法第三条は、まずその賠償責任の主体につき、「自己のために自動車を運行の用に供する者」とし、同法第二条第三項は、それが所有権その他の使用権に基くものを「保有者」と言い、転じて、その賠償責任の原理につき、推定過失責任主義を採り、厳密な挙証責任の転換を認め、結局、その運行供用が「自己のため」と言う点で、運行それ自体につき利益を有し、且つ、支配力を有する者の「保有者責任」として、報償責任ないし危険責任を前提とした無過失賠償主義に近いものを認める法意と解される。
さて、原判決は、その理由四において、本件の如き自動車貸渡業者も、その保有車を「運行の旧に供して営利をはかる」点では、タクシー業者との間に逕庭なく、これを貸与するのは他人をして運行せしめるためで、(自ら)保有車を運行の用に供することを業とすることと実質において差異はなく、両者を区別すべきなんらの根拠もない、としている。
しかし、これは同じく運行の用に供して営利をはかるものであつても、自ら運行することによるものと、他人に運行せしめることによるものとの本質的差異を看過するものである。
自賠法第三条に言う「自己のため運行の用に供するもの」とは、要するに何等かの正当な権限に基いて自動車を自己に保有し、自己の利益のために、直接自己が運行の用に供する前者の場合を指称し、自動車を製造し或は貸与する者は、終局的には「他人をして運行せしめる」ことに帰着して、自己のために運行の用に供するものではないので、これには該当しない。
すなわち、タクシー業者の如きは、直接自己が運行の用に供して営利をはかるものであり、自動車貸渡業者の如きは、自己の利益は単に賃料に存し、借受人が如何ようにその運行の用に供しようとも、その利用そのものにつき何ら利益を受けるものではなく、自賠法第三条の保有責任をもつて、いわゆる報償責任主義的に理解するとき本件自動車貸渡業者は、その賠償責任につき、理論的根拠を欠くものである。
この間の区別をなさず、漫然タクシー業者と同一に責任を論じた原判決は、全く自賠法第三条の解釈適用を誤つたものである。
なお原判決は、かかる場合、自動車の運行供用者は、貸渡業者の一応の支配外にある契約関係の当事者すなわち借受人であつて、それはタクシー業におけるが如き保有者の使用人ではないが、不法行為責任の面では、「保有者の機関」による運行と同視すべきであるとし、現実に運行する借受人を選任する点で、その運行につき支配力を有すると解すべきで、借受人は客観的には貸渡業者の事業遂行のためにその保有車を運行する、云々と、恰もここに民法第七一五条にいわゆる「使用者責任」を追及するのと同曲に論断している。
しかし、レンタカーの貸渡人と借受人との関係は、タクシー業者とその就業運転者とのそれとは全く異なり、まず身分的にも選任監督の関係がなく、借受人は毫も貸渡人の機関でないばかりでなく、貸渡業者の事業遂行のために車を運行するものでもなく、法的にも車の賃借権者として独立の人格を有し、事実的にも車の絶対的排他的な占有者として、自己の用途に供用保有するものであつて、貸渡人は貸渡以後、返還を受けるまではその車の占有支配を排除され、当然危険責任の要因を欠如するものである。
第四点 原判決は理由の齟齬ないし不備の違法がある。
原判決は、第一審判決が本件レンタカーの借受人たる控訴人田辺に対し、自賠法第三条の保有者責任、すなわち運行供用者責任を認めたのを肯認している。
しかし、理由四において、貸渡業者の責任追及に急するあまり、元請業者が下請業者に自己保有のトラックを貸与して工事を施行せしめた場合の如く、法形上は保有者(貸渡業者)の支配外にある者(借受人)による運行ではあるが、不法行為責任の面では保有者の機関による運行と同視すべきで、貸渡業者はその意思により保有車を運行の用に供し、借受人は客観的には貸渡業者の事業遂行のためその保有車を運行するのである、この場合外形上は貸渡業者の自家用車が走行するのであつて、借受人の保有車が走行するのではない。しかもその走行は貸渡業者の意思によりその利益のためになされている、云々と判示している。
しかし原判決が、かく借受人は「保有者(貸渡人)の機関」と同視すべきものとされ、「その借受人が保有者の意思により、保有者の事業遂行のため、また、その利益のために、保有者の車を運行するものであつて、借受人の保有車が走行するのではない」と判断しながら、他方において、その借受人に対し、なお自賠法第三条による保有者責任を課徴していることは、全然理由が齟齬しているのであつて、その他これが是認するに足る判断がなんらなされていない点は全く理由不備と言わざるを得ない。